2004年に想像を超えるカルト的ヒットとなった映画『What the (Bleep) Do We Know?』は、神秘主義と科学に関する講義を一種の物語の中に収めた作品である。ドラマティックな筋書きの中で、マーリー・マトリンが沈みがちな写真家で自らの意識について疑問を持ち始める主役を演じる。量子物理学者やニュー・エイジの作家たちへのインタビューが挿入されており、なんとなく分かった気になるような(そして精神的にはかなり触発されるような)理論について語られるのだが、結局のところ書籍『The Power of Positive Thinking(『積極的考え方の力』の題名で翻訳されている)』にとてもよく似ていると分かる。本作に登場する語り手(映画の最後まで身元は明かされない)には、ラムサとチャネリングしている女性、J・Z・ナイトも含まれている。ナイトによればラムサは古代の聖人で、彼女とラムサはコミュニケーションできるのだと言う(他の語り手もナイトとラムサのパートナーシップを認めている)。実際、彼女の話は良識的で(ラムサの変わった考えは含まれていない)、ラムサがアトランティス出身の神秘家で35000年の生命があると証明されないとしても、ナイトの話は受け入れやすい。(Robert Horton, Amazon.com)
「サヨナラよ。つまり、そういうこと。私にはそれが必要なの」。第2シーズン中のエピソード「逃がした魚は大きい!(The One Where Ross Finds Out)」で、酔っ払ったレイチェルはそう覚悟を決めていた。最高にノリのいいテレビ・シリーズ『フレンズ』も、今回が最終章。モニカ、チャンドラー、ロス、レイチェル、フィービー、ジョーイをずっと見守ってきた忠実なファンも、サヨナラを受け入れなくてはならない。たとえ番組がまだ続けられそうな調子でも、だ。テレビ史上もっとも人気の高い、元気の出るコメディは、最後の一夜に向けて穏やかに収束していく。親になったモニカとチャンドラーは家庭を築くために郊外住宅地に越し、自由奔放だったフィービーは家庭的な女になる。そして当然、くっ付いたり離れたりを繰り返していた数奇なカップル、ロスとレイチェルもようやく結ばれるのだ(「あれは別れた後だ」に代わって「飛行機を降りたわ」がシリーズ中の名ゼリフになりそう)。 モニカとロスの口うるさい両親役のエリオット・グールドとクリスティーナ・ピクルスを始め、何人かの登場人物が顔を見せてくれないのは寂しい限り。意表を突く展開はほとんどないが、ロスが山場になって心境を明かすくだりは例外。苦労続きの男を演じ続けたデビッド・シュワイマーが、ここで最高のセリフを与えられる――「僕たち、そんな事も打ち明けずに10年近く乗り切ってきたんだね」。ガンターは、パリ行きを決めたレイチェルへの報われない愛をぶちまける。ここは、シリーズ中もっとも味のあるキャラのひとりに相応しい見せ場だ。10年以上ものあいだ一緒に暮らしてきたアパートをひとり、またひとりと“フレンド”たちが去っていくエンディングは、感動的で涙を誘う。締めを飾るのは、やっぱりロスとレイチェルだ。しかし、本当のサヨナラはまだ先なのかもしれない。いずれ「ロスとレイチェルの結婚式」なるスペシャル・エピソードが制作されるだろうから。その日が来るまで、『フレンズ』のファンは悲しむことなく再放送やビデオを楽しみたいものだ。何しろ、歌手のダン・ヒックスだって言っている――「失ってもいないものを恋しがるなんてバカな話さ」と。(Donald Liebenson, Amazon.com)
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